劇画調で描かれたそのストーリーに、起承転結のようなドラマチックな展開はないものの、尾花はこの世に広がる矛盾や不条理をあぶり出そうとする作品を数多く生み出してきました。なかでも、カラフルな覆面を被るキャラクターは、匿名の象徴として作品内に度々登場し、ストーリーテラーのように物語を導きます。本展示では、この地に生まれ、暮らす「イチジク男」を起点に、個人の歴史と常滑市の歴史が重なり合いながら進んでいくインスタレーションを提示します。かつて急須の原型をつくる店舗だったこの空間では、半年に及ぶ常滑でのリサーチを経てつくられたモビールやドローイングが並んでいます。またそれらと同様に、脈絡もなく雑然と堆積したモノたちや、まるで誰かが休むためのような小部屋、農作業をするための道具なども目に入るはずです。それらは各作品とともに尾花によって再配置されたものですが、一方でこの場所が現役の作業場であるということを示しています。さらに、この建物の向かいにある小屋は、かつて「イチジク男」の母が鮮魚を販売していた商店だったといいます。尾花は、こうした無数の事柄を回収しつつも、ただそれを視覚化することにだけにとどまらず、個別のエピソードを普遍化しようと試みます。観賞者が自己を投影できる「余白」や「隙間」を設けることにより、やがて忘却されるだろう膨大な物語たちをいかに現代に蘇らせられるのか検証しているのです。
ー国際芸術祭あいち2022 より
国際芸術祭あいち2022